インタビュー

選定委員会 宮城委員長に聞く、選定過程とこれから

新福岡県立美術館整備事業基本設計プロポーザル 選定委員会
宮城俊作 委員長 インタビュー

2022年夏に公募が開始された基本設計プロポーザルでは、書類審査、公開プレゼンテーション審査を経て、隈研吾建築都市設計事務所が最優秀者に選定されました。その最終審査から約3週間後、リラックスした雰囲気の中、宮城俊作委員長にプロポーザルを振り返ってと今後への期待について、じっくりとお話を伺いました。

【取材日:2023年2月9日|聞き手:三好剛平(三声舎)】

宮城 俊作
ランドスケープアーキテクト、アーバンデザイナー。東京大学大学院工学系研究都市工学専攻教授、博士(農学)。設計組織PLACEMEDIA パートナー。1957年京都府宇治市生まれ。

――まずは今回、本当にお疲れ様でございました。基本計画の策定に2年、そこからプロポーザルでの設計者選定まで1年という、トータル3年に及ぶ長期のプロジェクトでした。ここまでの選定を振り返って、今の感想をお聞かせください。

宮城 今回、福岡県はこのプロセスをとても丁寧に積み上げてこられました。このようなプロジェクトに計画の段階から最終審査まで携われたことは、大きなやりがいを感じるプロセスでした。

実は当初、私は基本計画の策定のみお引き受けするつもりで、自分が審査までやることになるとは思っておりませんでした。というのも、私自身もデザイナーとしてこのプロポーザルに応募したい気持ちもあったので、一度は委員の辞退をご相談したほどです。

しかしいざ審査する側に立つと決めてからは、「自分だったらどうするか」ということを考えず、出てきたご提案をそのままストレートに、客観的に評価する立場を心がけました。おかげで今回、審査する側に立つ人間の心情が少しばかり分かったような気もします。

――審査なさる側として、難しさを感じる場面も多かったと思いますが。

宮城 一次審査で言いますと、限られた条件のもとで審査せねばならない難しさでしょうか。応募される方々がご自身の考え方を表現できる媒体は————もちろん過去のご経験や実績なども勘案するにしても————、提案書1枚だけです。しかし中には、提案の内容として熟度がそれほど高くはないけれど、キラリと光るものや、次の時代を予感させてくれるようなものが、ちらほらとあるわけですよ。だけど、総合的に考えたときには、もちろん当たり前ですけど失敗は許されないわけで、そこだけに賭けて良いかどうかの判断を下さねばならない。そこが一番苦しいところでした。

審査のやり方については、審査員7名のなかで1年をかけて、議論をかなり積み上げました。しかしそのようなプロセスを踏めば踏むほど、言い方は良くないですが、あるところだけにフォーカスを絞って評価するようなことがしにくくなる。そこにはジレンマを覚えました。

――全委員の総意としての審査という性質上、ポテンシャルだけで評価を下すようなことは出来づらくなる、ということですね。

宮城 ええ。もしこれがもう少し規模が小さいコンペや、そもそもそういう提案をすることが趣旨のプロポーザルであれば、違う選び方も出来るとは思います。ただ今回は、福岡県という依頼主の向こうに、福岡県民の皆さんがいらっしゃるわけです。その人たちと、提案されたものとのあいだにどのような関係を作るかがとても重要になります。県民の方たちにもちゃんと理解を得られるものを選ぶことは、評価のひとつの軸として意識すべきだと考えました。

――宮城さんが今回の審査のなかで何度か口にされていたキーワードのひとつに「明快さ」というものがありましたが、今のお話を聞けばその意図が理解できます。提案のなかに、市民に向かって説明可能な、明快なロジックがあるかどうか。

宮城 提案の段階で明快さがないものは、これから先、竣工して供用されるまでのハードルを乗り越えていく間に、多くの場合はどんどんわけが分からないものになってしまいます。工事費の概算、ランニングコストの算出、運営管理のすり合わせといった様々な調整のなかで求められる妥協が累積し、最終的に何がやりたかったのか、どういうものが出来るべきだったのかが見えなくなってしまうんですね。その点、最優秀案が持っていた明快さは、いま申し上げたような様々なプロセスを経ても、きちんとビジョンを残していける可能性があるんじゃないかと思います。

――今回、委員長として、各分野のスペシャリストである6名の委員を取りまとめながら審査を進めることは、大変ではありませんでしたか。

宮城 今回の委員の方々は、それぞれの分野の第一人者でおられますが、私だけはその中でちょっと違う資質があるように思いました。それは何かというと、私の専門である都市デザイン、特にランドスケープのデザインというのは、「こういうものを作りたい」といった自分のイマジネーションから表現をするような職能ではない、という点です。既にある環境に対して自分がどのような立ち位置にいて、どう振る舞うか。今回の場合でも、日本庭園があり、大濠公園があり……というように、ランドスケープ、つまり風景とは既にそこにあるもので、それらに対して「いったん受け身になる」ことが私たちの職能の一番大事なところなんですね。そういう意味からも今回、委員長として委員の皆さんから発せられる様々なアイデアも、いったんパッシブ(受け身)に取り込んでいくことが出来ました。そもそも委員長が「こうあるべきだ」ということを言い出しても、まとまらないですからね。

――自然な現れをそのまま一度引き受ける、普段のお仕事の姿勢が審査にも役立たれたのですね。

宮城 自分が委員長に指名された背景にそこまでの意図があったのかは分かりませんが(笑)。そこにはそれほど難しさやフラストレーションは感じませんでしたね。

――とはいえ、委員同士でそれぞれ、建築的な視点からの評価と、学芸員視点からの評価が一致しないようなこともあったのではないでしょうか。

宮城 それはもちろん、ありました。これは我々の仕事でもよくあることですが、何かの判断をするときには、まず私たちは過去の経験則からその正否を問います。向こう5年や10年の視点でいえばそれでも良いのかもしれませんが、これが20年、30年、そして50年や100年となっていくと、これとは逆のこと、今回でいえば「こういう空間があるから、こんなやり方もできる」というような新しい発想もまた出てくるとは思うんです。

――空間や建築の側が発想を主導するようなかたちもある、ということですね。

宮城 こういう空間があるからこういうキュレーションに挑戦してみよう、だったり、こういった趣向のアーティストを集めて企画してみよう、だったり……。私が、最優秀案が優れていると思った点は、そうした館のあり方が公園や都市、街や庭園にまで染み出していく、それらの場所までもアートの表現やキュレーションの対象になるというような可能性を強く感じさせてくれたところにあります。

これから「アート」の概念は相当変わっていくだろうと思っていますし、メディアの幅も大いに広がるでしょう。その時に、これまでのやり方から「これではうまくいかない」や「色んな問題が出てくる」と減点方式だけで評価していくと、どうしても先程申し上げたような最大公約数的なもの、つまり妥協の連続や累積のようなものになってしまう。

あの場に集まっていた委員のうち3名はそうしたアートの先進的な分野に取り組んでいらっしゃる方でもありましたので、そうした姿勢とアートそのものの社会的な存在価値については、審査のなかでも意識するところでした。

――近年のアートの状況からも、美術館はただモノを展示する空間というよりは、むしろ街や県民との関係性を育み・耕していくような空間であるべきなのかもしれません。

宮城 今、仰ったキーワードの「耕す」、つまりカルティベーションですよね。これ、カルチャーの語源でもあって、すごく大事な点です。そうした活動を受け止める空間の余裕は今後絶対に必要になるもので、それは美術館の外とどのような空間的関係を結ぶのか、という点にも大きく関わってきます。

――宮城さんは、この提案がどのような美術館になっていくことを期待されますか?

宮城 私はまず、美術館の「館」という字をやめても良いんじゃないか、と話しています。「館」という字を書いた途端に、それは建築的な箱となり、物理的に空間を占有する存在になる。だけど「館」と言わずに、たとえば「場所」「サイト」と言ってみるとどうでしょうか。いろんなところに、いろんな「場所」が生まれる。それはひょっとするとオンラインの中に生まれる「場所」かもしれない。ウェブサイトの「サイト」とは、本来「敷地」という意味でもあって、あれもひとつの「場所」ですよね。感覚として、そういうふうなものになっていくのではないかと思うんです。

一方で、現地に行かないと体験できないものも確かにあって、それは日本庭園との関係であり、街との関係であり、大濠公園との関係でもあります。あの土地が持つ「リアルなサイトとしての価値」と、そうでないものとがない交ぜになって、いろんな形で発信されていくことを期待したいと思います。たとえば私は、デジタルがリアルなものを代替できるとは思いませんが、広げてくれるものではあると思っています。最近言われるところのバーチャルリアリティーやメタバースといったものでも、そこでアートを体験することと、実際にリアルのアートを体験する人や場所との間には、感じ方の違いが出てきます。これからコンピューターで作り上げた仮想の空間や環境が精巧になればなるほど、私はリアルなものとの違いを見分ける人間の、心理学的な意味で言う「しきい値」や「閾値(いきち)」といったものがもっと鮮鋭になると思いますし、それこそがアートの役割だとも思うんです。

――街の環境や、そこに生きる人々に、その場だからこそ実現できる美術館体験を届ける「場所」になる、ということですね。

宮城 あとの3案ももちろん素晴らしい提案でしたが、私はその意味で最優秀のプランがひとつ抜けていると思いました。

――街との関わり、庭園との関わり、そして大濠公園との関わり。

宮城 あともうひとつ。言葉で言うとものすごく曖昧な表現になっちゃうんですが、「(たたず)まい」という言葉があるでしょう。英訳すると「presence」といった言葉に近いかもしれませんが。たとえば「人の佇まい」というものを考えてみても、それは単に見た目だけでなく、その人の内側から出てくるものでもありますよね。その人が「見られている」ということまで意識していることで、また見る人に訴えかけてくる、というような。その行ったり来たりの循環によって出来上がり、発されていくものがある。それは人に限らず、美術館や街も同じだと思います。

――確かにいま仰った「佇まい」は、「形」や「フォルム」からだけで決まるものではありませんね。

宮城 違いますよね。説明はしづらいのですが、明らかに建築から発せられている、といったものが確かにあると思います。

――最優秀のプランは、そこが突出していたと。

宮城 私はそう思いました。

・・・

――宮城さんはランドスケープの専門家でいらっしゃいますが、大濠公園の空間や風景というものを、どのように捉えていますか?

宮城 あの場所の地理学的な出自は、かなり特殊です。かつては博多湾が内陸に入りこんできて、徐々にあの形になっていった。ものすごく人工的に作られているんだけど、もとの自然、地形や水系の在り方が、いい意味で現代的、近代的に昇華している場所だと思います。

また、この公園は全体の面積のうち半分以上が水面であり、この非常に大きな水面を含む公園と建物が直に対峙し合っている状態を、私はひとつ大きな特徴だと考えています。

――宮城さんは別の取材の場面でも、今回選ばれたプランが「間(あいだ)に媒介するものを挟まずに、建築と空間がダイレクトに作用し合うことに挑んでおり、そこに明快な答えを出している」と仰っていました。

宮城 それをやると必ず○✕の評価がはっきりしてしまうので、つい、その「あいだ」に中途半端な空間を挟み込むケースがままあります。それは今回、自分自身に対する反省でもありますが、この計画の中で、あの風景の中に建築がどうあるべきかということは、本来建築家ではなくてランドスケープの人間が言わなきゃいけないものだと思いました。また、私が委員長ということで、皆さんその「あいだ」にランドスケープの専門家が作る何かを入れた方が良いのでは、と意識して下さったところもあるのかもしれません。しかし、無理に「あいだ」に何かを作るのでなく、まずその空間と建築の関係をどう作り上げるかということから発想した上で、そこに生まれるものとして「あいだ」を捉えてほしいと思いました。

――今回、隈研吾建築都市設計事務所が最優秀者に選ばれましたが、彼らにはどういう設計を期待されますか。

宮城 先ほども申し上げましたが、これから具体に建築を進めていくにあたっては、コストや工期、維持管理や運営管理の問題といった様々な調整で、どうしても妥協せざるを得ない場面が積み重なって、当初のビジョンが見えにくくなっていくことがあります。私はこれまで隈さんとお仕事をご一緒させていただいたこともありますが、他の様々な建築家と比べた時にも、隈さんの建築は、最初に出てきた考え方が比較的最後まで残ります。それは、どこを切って、どこを残すかという判断がすごくハッキリしているからで、今回その点は、ものすごく期待しています。

また、あのプランにはそうしていけるだけの———ちょっと難しい言葉ですが———、空間の余裕があると私は思っているんですよ。プランの時点で作り切ってしまっているものは、一つ崩れると全部崩れちゃうようなところもありますが、今回の隈さんのプランは、明快でありながら融通が利くところもあると思いますし、これから、あのまま実現するのでなく、今後の調整のなかでもっと良くなり得るものだと思っています。

――今回のプランを選定されたポイントが、これから発生し得るあまたの調整に耐えるだけの強度と余白にあった、と改めてお聞きすると、そこは確かに納得させられるものがあります。

宮城 もう一つ付け加えたいのは、中根金作さんが手がけたあの日本庭園が、ある意味でさらに進化するのではないかということです。中根さんがあの庭園を作庭されたのは40年ほど前ですが、当時、武道館があのように奇妙な形で庭園側にはみ出てきていることには、忸怩(じくじ)たる思いがあったのではないかと感じています。それが、今回の建築の提案によってようやく完成の域にはいっていくことができる。次の100年に向けて、大濠公園と日本庭園と美術館が三位一体になれる状態にできる可能性を強く感じておりますので、そこは絶対に妥協してほしくないなと思います。

――今回、宮城さんをはじめ委員の皆さん、そして39組の提案者の方々に、みんなで大濠公園や福岡の街についてアイデアを出していただいたこと。そしてそれを公開型の“みんなごと”として、県民を交えた新たな議論の土壌として耕していただいたことにはとても大きな意味があったように感じています。

宮城 仰るとおりだと思います。今回の審査においては、多くの県民の方々と39者すべての提案を見ることが出来ました。そこで県立美術館について改めて皆さんと一緒に考える機会を持てたことは、単に目に見える成果だけではなく、県民一人ひとりの中にも色んな想いを育む良い機会だったのではないかと思います。プロセスを公開するということは、とても大事ですね。透明性という点からももちろんですが、そこにはそれ以上の意味があったと思います。

――日本では、建築やアートといった分野に関しては自分たちが感じたことや考えたことを、言葉にして対話や議論を交わせる機会はまだ少ないようにも思います。

宮城 そうですね。建築や環境、都市といった分野で考えてみても、そういう機会はあまり無いですね。だからこそ今、この国ではちょっと乱雑な街が出来上がってしまっているんだろうとも思います。

私はまず、それぞれの人が、自分の暮らしている部屋や家から考え始めてみるので良いと思うんです。最近では住まいに関するメディアも広がり、若い人たちにもこだわりを持つ人が増えています。そこで与えられるばかりでなく、自分なりのライフスタイルを持てるかどうかが大きいですね。そうやって少しずつ、自分たちの街のアートや公共建築に対しても、いきなり意見を出すまでいかずとも、まずは考え始めてみることができるのではないでしょうか。

――県立美術館も、今回の公開型プロポーザルを通じて向けられた関心をきっかけに、これから県民同士で意見や対話を交わしながら、みんなの美術館となるものを実現していければ良いですね。どうもありがとうございました。

宮城 その通りだと思います。どうもお疲れさまでした。

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