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新福岡県立美術館について考えるワークショップ―子育て世代の視点で「新県美」をもっと魅力的に!―の参加者を募集しています!【募集は終了しました】
2024.07.04
2024.06.25
株式会社隈研吾建築都市設計事務所
隈研吾さん・名城俊樹さん インタビュー
2023年1月のプロポーザル最終審査で最優秀者に選定された、隈研吾建築都市設計事務所の皆さん。以来1年超にわたって「基本設計」の作業を進め、2024年3月にその作業を完了されました。
「基本設計」とは、建築主(福岡県)とのあいだで基本方針や建物の完成イメージ等を共有するために行う、最初の設計作業。この後には、施工業者さんとの具体的な施工計画を共有するための「実施設計」という工程が控えています。
この度、県庁に基本設計作業の完了報告へ訪れた隈研吾さんと名城俊樹さんより、ここまでの基本設計業務について振り返りをいただきました。
【取材日:2024年3月26日|聞き手:三好剛平(三声舎)】
――2023年1月に設計者に選定され、そこから基本設計の業務を開始されました。ここまで約1年の間には、どのくらいの頻度で福岡にいらしていたのですか?
名城 2022年の秋からプロポーザルに参加し、 翌23年1月の審査会で設計者に選定いただきました。そこから契約作業等を経て、同年3月から具体的な設計作業が動き始めたので、ほぼちょうど1年間の基本設計作業となりました。
この期間中、基本的には2週に1度のペースで福岡へ通うことに加え、隔週でオンライン打合せも行っていましたので、おおむね毎週、何かしらの打合せを重ねながら進めてきたことになりますね。
――そんなに福岡へ通っていらしていたとは!かなりの密度ですね。
隈 基本的に毎週何かをやっていたわけですから、他県などのプロジェクトよりも密度は濃く、頻繁なものになりましたね。僕らもこの新県美にはすごく力を入れているし、県の皆さんもすごく力が入っていて、すごい密度の1年間でした。
――基本設計を進めていくなかで、何か印象的な場面はありましたか?
名城 展示室や展示ケースなど、一つひとつにいろいろな提案をさせていただきましたが、 中にはこちらが「これはちょっと難しいかも」と思っていたような大胆な提案の方を選んでいただく場面もありました。県の皆さんも、今回の新県美には、他の県立美術館に無いような新しいキャラクターをイメージされているんだろうなと感じました。
隈 既にいろいろな場所にレベルの高い美術館が数多くあるなかで、更にその上をいくにはどうすれば良いのか?ということを、県の皆さんも僕らもずっと考えてきました。きっと画期的な美術館が出来るんじゃないかと思います。
名城 確かに。いま、別の地域でも博物館の準備を進めていますが、 他と比べても福岡の皆さんからはひときわ「新しいものを取り入れていこう」とする感覚を感じますね。
隈 福岡は日本で一番アジアに近い場所。香港ではM+がオープンしたり、韓国の現代アートシーンが世界から注目を集めていたりしている通り、いまアジアのアートシーンは欧米を抜き去る勢いの盛り上がりを見せています。この絶妙なタイミングのなか、日々アジアの最先端のアートシーンの勢いを感じている福岡だからこその大胆さかもしれないと、頼もしく感じながら作業を進められました。
――基本設計のプロセスでは、完成後にこの施設の使い手となる学芸員さんなど、様々な方との調整があったのではないかと思います。
名城 実際、打合せでのご意見を受けて設計を大きく変更することもありました。 ただそういった変更の多くは皆さんの経験に基づくものでしたし、他館事例の視察から得られたものも共有したりしながら、臨機応変に取り入れるべきアイデアを一緒に検討させていただきました。長きにわたって運用しやすい新県美にしていくためにも、大切なプロセスだったと思います。
――ここまでの感想や手応えとしては、いかがですか?
名城 我々としては、まだ本当に通過点という感覚ですね。一旦かたちや大枠は決めましたが、ここからの実施設計に向けて詰めるなかでまた、たくさん考えなければいけないことや変更しなければならないところが出てくると思います。引き続きそういった調整を重ねて、さらに良いものになるよう進めていくばかりですね。
隈 審査を勝ち取るためのプロポーザルと、その空間での体験をより具体的に詰めていく基本設計。2つのあいだにはやはり大きなジャンプがあります。
今回もいろいろなジャンプがありました。例えば「日本庭園との調和」については、プロポーザルの時点にも高くご評価いただいていました。ここから実際に出来上がった時に失望させないためにも、また訪れた方が「これほど日本庭園と芸術が調和している美術館なんてほかには無い」と言っていただけるようなものになるよう、基本設計ではかなり細かいところまで詰めていきました。
またプロポーザルでは「街とのつながり」も高くご評価いただいたポイントでした。基本設計ではそうした「つながり」を実現するための通路デザインや地面との高低差といった、細かい部分も詰めていくことになります。いかに違和感なくどこからでも入りやすい高低差に設定出来るかなど、うまい具合にシークエンスを設定できたので、手応えを感じるプランに出来たと思います。
――基本設計の図面では、プロポーザルの時点とはまた違う、具体的なディテールも確認できるものになっていて、お世辞でなく「早くこの美術館に行ってみたいなぁ」と感じました。
隈 そうだよね、特に屋上。プロポーザルの時点では、まず屋上を出来るだけ大きく取ろうという方針だったけど、基本設計では屋上の真下の部屋の天井高はどのくらい必要かとか、屋上自体の高さを決めるためのいろんな条件も出てきて。それらを調整していった結果、この屋上自体がひとつの新しい丘みたいになる今のプランに育っていきました。
この丘の上に人が座るとね、ちょうどステップがあって、その向こうに日本庭園が見えるんです。このように、プロポの時に比べても、ずっと具体的に屋上の体験がイメージできるようになって、すごく良くなったんですよ。ここも手応えのある場所なので、早く県民の皆さんに屋上に登ってもらって「わぁっ」て驚いて欲しいなと思っています。
――加えて今回の基本設計の図面を見ながら改めて驚かされたことは、想像していたものをはるかに上回る開放感です。かなり抜けの良い建物になりそうですね。
名城 いま、あの敷地を歩いてみても、国体道路(NHK福岡)側からは公園が感じられないつくりになっていました。そこにまず、美術館の真ん中に国体道路側から公園側まで歩いて抜けられる「アーバンスリット」をつくることに加え、その先にまで橋も架けて、本当に国体道路側から大濠公園の池までストレートに抜けてしまえる計画に出来た点は、私たちのプランの大きな特徴になったと思います。
名城 一般的な美術館では、いくらオープンな建物にしようとしても、どうしても1階に展示室や収蔵庫の機能を持たせざるを得ないケースが多いので、完全に建物の向こう側まで見通せる美術館っていうのは、そうそう無いものなんですね。例えばあれだけ開放的な金沢21世紀美術館でも基本的には1階にいろんな機能が集まっているので、実は抜けている部分はほんの少しだけ、という程度なんです。
今回私たちのプランでは「公園と一体になる」ということを最重要視しながら、同時に災害対策のために展示や収蔵の機能を全体的に上階へ上げる方針としたので、1階をどーんと向こうまで見通せるように抜くことが出来たのが、大きな特徴となりました。これほど抜けの良い美術館は、全国、もとい世界でもなかなか見ない事例に出来たんじゃないかと思います。
隈 最近では「都市と美術館の一体化」が世界中の美術館でテーマになっているようにも感じます。 僕らがイギリスのスコットランドで作ったV&A Dundeeも、美術館の真ん中に通路が貫通していて、 その後の世界のモデルケースと言われるものになりました。
ただスコットランドは寒いから、抜いたところにあまりガラスは使えなかったのですが、福岡はスコットランドよりだいぶ暖かいですから、ガラスも使って都市と建物が通路を介して一体になる、ということを本当に実現できました。世界の中でも、福岡ならではのアドバンテージをうまく活かせたケースになるんじゃないかと思います。
――展示室もユニークな構成です。部屋ごとで天井高が異なっていたり、2フロアにまたがって空間を繋いでいたりとそれぞれつくりが異なっていて、展示空間での鑑賞体験もこれまでとはかなり違うものになりそうです。
名城 1階の展示室についても、プロポーザルのご提案時から、美術館真ん中の吹き抜け空間=「メディアヴォイド」まで一体とした展示の可能性をご評価いただきました。それもあってこの1年間、学芸員の皆さんと一緒に1階の展示室のあり方を詰められたのはとても大切なプロセスでした。ここについては今後も展示ケースなど、まだまだもっと面白いことが出来ないかとお話を続けているところです。
その1階から、コレクション展示室、特別展示室へと回っていきながら、自然と上の階へ抜けてゆき、屋上テラスまで導かれていくような一続きの体験を考えています。加えて今回の新県美では、これまでにも増して、現代アートの展示をより多く扱っていくことになりそうですから、そうなると高い天井高と大きな空間が必要になってきます。そのようなニーズに機能面からも応えられる大きな展示室を用意しながら、3階まで繋ぐことを検討しました。
――僕はつい、現在の県美が所蔵している既存のコレクションを新しい環境でどう扱っていくのか?ということばかりに目線がいきがちでしたが、新県美ではそれらを魅力的に見せていくことは勿論のこと、新しい美術作品も受け止められる場所として、未来志向で設計が進められたのだと改めて感じました。
隈 そうですね。いま県美が所蔵されている既存のコレクションが素晴らしいのは勿論ですが、それをベースとしながら、次のステップへ行くこと。過去を否定するのではなく、あくまでその連なりを大切にしながら、その先に新しい未来を見せていく。そういうことが出来そうな建物になりつつあるので、楽しみにしていて欲しいと思います。
――県美の学芸員さんたちも、現在のコレクションのなかでも特に大きなサイズの作品になると、今の県美の天井高ではどうしても十分に見せきれないジレンマがあると仰っていました。新しい展示室では、きっと現在のコレクション作品たちもますます輝いていくのだろうなと思うと、とっても楽しみになります。
――あと、すごく感動したのが、展示室をいくつも抜けていった先に、大きなフレームで切り取ったような日本庭園の風景がスコーンと抜けて現れるつくりです。あれなんかはもう本当に今から楽しみで仕様がない、すごく素敵な仕掛けだと思いました。
隈 いま、日本庭園のファンって世界中で増えているじゃないですか。外国人が日本を訪れる目的のひとつに「良い日本庭園を見ること」も挙げられているし、そのなかで中根金作(足立美術館や大濠公園日本庭園を手がけた日本を代表する造園家・作庭家)先生もいわば世界から注目される、時の人になっていますね。そんな中根先生の日本庭園が美術館からもバチっと見えるなんていうのは、なかなか無い体験だと思います。
――展示室と展示室の合間に生まれる多目的空間=「メディアスリット」も面白い仕様になっていましたね。
名城 ここは、展示空間の続きとしても使えるし、展示室同士をつなぐだけの通路にも出来る。利用目的に応じて臨機に機能を変えられるゾーンを目指しました。シーン次第では人がある程度長い時間を過ごす可能性もある場所なので、今は木のような柔らかい素材で仕上げることを検討しています。
ここは扉を閉じることも、開放しきることも出来るようにしていますが、中のようすだけはいつでも外から見える状態にしています。そうすることで、まだ展覧会に入場していないお客様も会場の中のようすが覗き見られて展示へ誘導されるかもしれないし、さらにその奥には街や公園も見えることで、開放感も感じてもらえるのではないかと思います。
――屋上の広場は、当初提案時には緑になる予定もありましたが、ここは調整のなかで変更があったのでしょうか?
名城 1つはやはり虫の発生源にもなり得るということで、展示室の直上にそういうものを作るのは避けた方が良いだろうというご意見があったこと。あとは、既に大濠公園や日本庭園という非常に緑の量が多い環境に囲まれながら、こちら側にちょぼちょぼと緑を入れても効果が弱いんじゃないか、といったご指摘もいただき、それよりは屋上テラスとして、活動できる場所自体を広くとった方が良いんじゃないかということで今のような計画へ変更しました。
――美術館から更に一層外にあたる大濠公園や街との関わりについては、どのようにイメージされていますか?
名城 この美術館が出来ること、そしてこのアーバンスリットで公園に通り抜けられるようになることで、現状は北側の地下鉄駅からの人の流れが主であろう大濠公園にむけて、これからは六本松側からの新しい人の流れも生まれてくるだろうと期待しています。
隈 美術館の南側、国体道路側にはガラス張りの県民ギャラリーを通り沿いにずらっと展開します。そこも今後、人の流れが変わると、きっと今まで思いつかなかったような使い方が浮かんでくるじゃないかなと思っているんです。
公立の美術館が通りに面して「縁側」的なスペースをひらいて、通りと会話を生み出そうとするなんて、これまでのちょっと偉そうな公立美術館のイメージとは違う新しいものになりますよね。(笑) 街に面した一番カジュアルな場所に、県民ギャラリーが出来る。あのスペースは機能的にも一番可能性がある場所のひとつですから、今後実施設計に進むなかでもいろいろなアイデアが出てきて、もっとダイナミックなスペースになるかもしれないな、と今から楽しみにしているところです。
――国体道路側では、道路自体も少し拡張されるご計画が図面にも記されていましたし、仰るようにこれを機に人の流れはかなり変わってきそうです。その通り沿いの美術館でガラス張りの1番目につくスペースを、県民の自由な表現に開放する県民ギャラリーとして展開されるわけですから、確かにここはその意味合いも含めて特別なゾーンになりそうですね。
――昨年6月と11月には隈さんと数百名の県民が集まってデザインワークショップを開催しました。その場で参加者の方から「美術館と外部を繋いでいくには“橋”を使うのが良いのではないか」というご意見が寄せられ、隈さんたちも同じく“橋”のアイデアを検討されているとお応えされた場面がありました。あのときの橋が実際に図面に落とし込まれていて、思わず嬉しくなりました。
名城 アーバンスリットを抜けていく体験を考えた時、できるだけストレートに抜けられる方が気持ちも良いですし、機能的にも良いだろうと考え、美術館から日本庭園をまたぐかたちで橋を渡すことにしました。日本庭園の池の上を歩いて渡れる体験自体も特別なものになるのではないかと思います。
(隈事務所が手がけた)サントリー美術館も外部と橋で繋がっているのですが、 橋にはこちらとそちらという2つの世界を繋ぐような機能もありますね。加えてこの橋は雁行していて、大濠公園側から歩みを進めていくうちに、美術館が徐々に大きく見えてきて期待感を高めてくれるような体験にもなるだろうと考え、今のようなかたちにしています。
――県民とのワークショップではそれ以外にもいろいろな意見が寄せられていましたが、実際にその後のインスピレーションになったものは他にもありましたか?
名城 そうですね。あの場のご意見を受けて、外から使えるロッカーも作れないかと検討していたりもしますし、「雨宿りしたい」というご意見もその後も改めて意識していくものになりました。ワークショップを通じて、やはりこの美術館では美術館の用途だけではなく、公園と一体になって使っていただける場所になる視点が重要なのだと感じましたので、そこは重視しながら設計に反映しています。
――ここからは、どのようなプロセスで進んでいきますか?
名城 今回の基本設計で大きなデザインの方向性や大枠のかたちを決められました。ここからは皆さんと、より具体的な使い勝手だったり、これらのデザインをどう実現していくのかという技術的なことだったりを、これから建てるまでの間にしっかり詰めていくことになります。
その中でまたいろいろなアイデアも出てくると思いますので、それらを基本設計のレベルにまで一部フィードバックさせながら、プランを変更しながら作っていく流れになっていくと思います。
――これから2029年の完成まで、引き続き私たち県民はどのようなかたちで応援していくのが良いですか?
名城 やっと大枠の部分が決められてきましたので、ここからはまず、皆さんにもっと具体的なところまで知っていただくこと。そして特に県民ギャラリーやレストランなど、県民の方々が主に使っていただく場所については、基本設計のプランも見ていただいたうえで、さらに細かいご意見やご要望をいただけると、我々としても有り難いなと思いますね。
また、どうしてもここからの工事期間が長くなりますので、引き続きイベントなど、今お寄せいただいている関心や熱量をいっそう盛り上げていけるような機会も必要になると思っています。いろいろなお力をお借りできると嬉しいですね。
隈 私たちも今までいろいろな場所でワークショップをやってきましたが、福岡のワークショップってすごく雰囲気が良いんですよ。モデレーターさんも楽しく盛り上げて下さいますし、通常とは違うグループワークのやり方も良かったですしね。
あの場には、もう既に新県美のファンの集団が出来ていると思うんです。だから、これから先のワークショップでは、そうしたファンをさらに増やしていくために何をしていけば良いか。そして完成後に、そのままファンクラブみたいなかたちへ移行するにはどうしたら良いか。早くも完成した後のことまで射程に入ってきている手応えがあるので、良いかたちで、いま育ちつつあるファンの皆さんとの関わりを考えていけたら良いんじゃないかと思いますね。
――最後に一言ずつメッセージをお願いします。
名城 新県美は我々も設計をしていてすごく楽しいというか、日々いろいろな発見がある物件です。これをいかに実現していくかというのは、ここからの我々の仕事になってくると思っていますので、引き続き皆さんのご意見も伺いながら、より良いものを作っていけたらなと思っています。
隈 ここからのプロセスとしては、出来てからさぁどうするというのではなく、今のうちからいろいろ考え始めて、その運営のあり方から美術館のかたちを探っていくような、次の段階が近づいてきていると思いますね。例えば、レストランはどうする?とか。そこは大変だけど、一番楽しいところでもあります。
――いよいよ基本設計が完了し、次なるフェーズへと進んでいく新県美。
隈さんたちも一目置くほど良いムードで育まれつつあるこのまちの新県美ファンの皆さんと、引き続きいろいろな関わりを重ねながら、この美術館を真に「みんなの美術館」にしていきたい——。
隈さんと名城さん、そしてその場に居合わせた一同みんなで、いっそう頑張っていこう!と気合いが入り直すインタビューになったのでした。