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レポート
新県美デザインワークショップvol.1:隈さんと語り合おう【後編】
2023.07.20
2023.07.20
2023年6月4日(日)、西鉄ホールにて「新県美デザインワークショップvol.1:隈さんと語り合おう」が開催されました。
会場には、400名近くの応募のなかから抽選で選ばれた約280名の参加者が来場。開場するやいなや、続々と席を埋めていく参加者の皆さんからは、たしかな熱気が感じられます。
開幕の時間を迎え、まずは進行役の三好剛平さん(三声舎)から、今回のワークショップの趣旨、そして新県美の設計者が隈研吾建築都市設計事務所に決まるまでの、プロポーザル選定の経緯が紹介されました。
その後、主催者を代表して福岡県 人づくり・県民生活部の小林文子部長から挨拶があり、これから2029年の開館にむけて、隈さんが県民のみなさんと、新しい県立美術館について同じチームのメンバーとして自由に意見を言いあえる「友だち」のような関係になることを期待されていること、そして本日のワークショップがそのはじまりとなれば、といった話をされました。
そして、いよいよ隈研吾さんと隈研吾建築都市設計事務所の名城さん、田島さんの御三方が登場。
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隈 日曜日の朝早くから皆さんお集まりいただき、どうもありがとうございます。今日はこの美術館について、模型や映像もご覧いただきながら、いまどんな計画になっているかをご紹介します。
そして今回、こういうコミュニケーションの場が持てるのは、すごく良いですね。これからの公共建築は『どうやってコミュニティでつくっていくか』という時代です。これまでの日本ではあまり行われてきませんでしたが、海外で公共建築をやるときには、こういう会がすごく多いんです。地元の皆さんと色々話したり、TV局の取材も入ったりして、やっぱり『地域でつくっていく』感じなんですね。そんなことが日本でも出来たらと思いながら、今日は皆さんと一緒に過ごせたらと思います。どうぞよろしくお願いします。
名城 隈研吾建築都市設計事務所の名城と申します。私はサントリー美術館や明治神宮ミュージアムなどを担当してきました。そういった経験を活かしながら、皆さんとより良い美術館をつくっていければと思います。これから6年間という長い期間になりますけれども、よろしくお願いいたします。
田島 同じく隈研吾建築都市設計事務所の田島と申します。よろしくお願いします。本日は県内含め、県外の方々も来ていらっしゃるということで、本当にみなさん興味を抱いていただいて嬉しく思っております。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
御三方の挨拶後、「第1部:プレゼンテーション~これまでに手掛けた建築と新県美の提案プラン~」として、隈研吾さんによる約50分間のプレゼンテーションが始まりました。
本記事ではそのプレゼンテーションのダイジェスト版をご紹介します。
美術館はいま、単にアートを収蔵し展示するだけの場所ではない。地域のなかで人々をつなぐ場所であり、地域にとっての「居間」のような場所。皆がくつろぎ、子どもたちが学んだり遊んだり、高齢者たちがのんびり出来たり。美術館のロビーでリモートワークをしていても良い。そこに美術がある。
また、いま世界中どこの美術館も、地球環境への配慮は大きなイシュー(課題)。地域の木材を使えば、木材のなかに二酸化炭素をため込んで、空気中の二酸化炭素を減らせる。今回自分たちのプランでもそうした新しい時代の流れとして、地域や地球の環境と「福岡ならでは」のアイデアも考えながら提案をまとめた。
福岡県立美術館にはもともと福岡ゆかりの髙島野十郎、坂本繁二郎、青木繁などの作品がコレクションとして多数収蔵されている。豊かなアーティストに恵まれた、福岡ならではの文化を伝えたい。また、福岡にはアジアのハブ都市としての強みもある。中国や台湾、韓国といったアジア主要都市群との距離の近さ、地政学的な利点。そうした強みをどのように計画に織り込んでいけるか。
近年、アジアのアート・ハブがどこになるかは熾烈な争い。かつては香港。スイスのバーゼルで始まった世界的な現代アートの祭典「アート・バーゼル」はその後マイアミ、香港と展開した。ところが香港では近年の政変などもあり、制限傾向に。次なるアート・ハブを巡って日本ほかアジア諸国の動きに注目が集まるなか、今では韓国・ソウルが一歩抜きん出た存在感を発している。しかし福岡にはアジア全体の中心になれるポテンシャルがあり、この美術館もそこに向けて頑張れないかと思っている。
はじめて私が美術館を手掛けたのは栃木県の那珂川町馬頭にある広重美術館(2000年)。設計において何を軸とするか迷った結果、その「環境」に目を向けた。地域の木材、裏山の木。屋根も壁もすべて地域の木材を使う。地元の素材を使えば、地元の職人さんや地域独自の技術にも活力が生まれる。
そしてそれ以上に重要な役割を果たしたのが、建物に空けた大きな孔(あな)。この孔を通じて、里山と街をつなぐ美術館にできないかと考えた。その結果、CNNがわざわざ栃木まで取材に来てくれるような注目と評価をいただき、以降の海外での仕事につながるきっかけとなった。
サントリー美術館(2007年)。「生活の中の美」をコレクションの主題に据えたこの施設では、白磁の素材を建築に取り入れた。また、サントリーのウイスキー樽も建材に用いて、コンクリートと鉄の箱ではない質感のある建築としながら、国宝展示にも応えられる環境をつくりあげた。また、サントリーの方々と一緒に館内でくつろぐお客さんたちのようすを見ながら「都市の居間」という新たな美術館のあり方、コンセプトを発見した。
根津美術館(2009年)。庭との調和、街と館をつなぐ通路、「庭と一体の美術館」。作品を守りつつ施設としての開放感を実現するために、紫外線をカットできるガラスも導入。結果、そのガラス空間にあるカフェが美術館のひとつの象徴として大いに利用されるものに。
明治神宮ミュージアム(2019年)。ここは福岡県立美術館とも縁がある。明治神宮の森は、大濠公園の設計者である本多静六先生によるもの。もともとは森ですらなかったこのエリアに、ドイツ留学後の本多先生が林苑計画を主導。全国から木を持ち寄り、想定していた150年よりもずっと早い期間で原生林ばりの森に育った。ミュージアムについては、今回の新福岡県立美術館も担当する名城氏が担当。森の中に溶けるような建築。やわらかな光は庇を深く出す日本古来の知恵から。
福岡の事例も。九州芸文館(2013年)。筑後船小屋駅と矢部川をつなぎ、人の流れが上手くながれるように意識。建物の真ん中にプラザがあり、そこから上がっていくと川がひらける。周辺に小さな住宅のある環境でもあったので、建物も圧迫感が出ないよう小さな塊に分節して構成。中は地元の竹細工や杉も活用。この建物も、真ん中に孔を通した。傍には陶芸教室などを行えるアネックス(分館)。地元の杉材を使いながら、増築や改築も想定した木組みのシステムを開発・導入した。
同じ筑後広域公園内に「ワンヘルス・カーボンゲート」というモニュメントも制作(2022年)。福岡県が力を入れている「人と動物の健康と環境の健全性は一つ=ワンヘルス」の理念を、アジア獣医師学会の開催を記念して制作。素材には通常なら鉄を使うが、今回はカーボンファイバーを採用した。実は鉄より7倍強く、地球環境にもやさしい。おそらくカーボンファイバーを大規模に使った世界初のモニュメントではないか。新しい時代へのゲートであり象徴として。なお同じ公園のなかには「カーボンハット」という点在する小屋状のモニュメントも制作。こちらはETFE(フッ素樹脂膜の一種)を利用。
海外の事例からもいくつかご紹介する。海外でも美術館の設計には「地域」や「環境」という課題が関わっている。
V&A at Dundee(2018年)。スコットランドのダンディー市で、ヴィクトリア・アンド・アルバート(V&A)・ミュージアムの分館を設計。ダンディー市のコミュニティの中心となるような施設を目指した。水のなかに張り出した印象的な建物。この建築でも自然と街をつなぐことを目指し、建物に大きな孔を通した。外装には地域の石を使い、内装には木を使用。
この施設も「居間」のように使われることを願い、コピーとして「Living room for the city」と言ってみたところ現地で大いに支持され、そのまま美術館のグッズにまで採用されるキャッチコピーに。開館時にはウィリアム王子&キャサリン妃もご来館。お二人はこの近くの大学出身なうえに、いずれもアート専攻とあり、特にキャサリン妃は鋭い質問を多数お寄せくださった。国とその代表となる方々のアートへの関心・造詣の深さを、身をもって体感した。
デンマークのハンス・クリスチャン・アンデルセン美術館(2022年)。国民的英雄であるアンデルセンが生誕した街に、去年出来たばかりの美術館。建物を低くし、主たる機能を地下に設計。施設の緑はいま育っている。アンデルセンの作品世界から「庭」をテーマに。日本以上に地球環境に意識が高いデンマーク、自然を重視した表現を希望された。生垣のようなデザイン。屋上から庭を見る体験を想定し、上から見ても綺麗な庭をつくった。今回の新県美でも、中根金作先生による日本庭園を上からどう見せるかという課題にも通じる一例。
トルコのオドゥンパザル近代美術館(2019年)でも、地球環境はひとつのテーマとしてあった。ここはかつて全部木の街だったが、今では切りすぎて木材が無くなってしまった。木工技術もすっかり失われてしまっていたが、この建築のために日本の木工技術者のところまで勉強にやってきて、この建築を一緒に完成させた。
アメリカでもやはり「地域」や「環境」は大きなテーマ。ポートランド日本庭園カルチュラル・ヴィレッジ(2017年)。ポートランドはアメリカ国内でも屈指の環境問題への対策を頑張っている街。既存の日本庭園に美術館機能をつけたいという依頼。巨大な樹木の下に美術館が溶けるように設計。中と外がつながる構想。畳や木。日本の木を持ってきてみては、と言われたが、地産の木を使わないと二酸化炭素対策にはならない。現地のネヅの木を使った。
このように、世界との仕事を通じて美術館の最新状況も学ばせてもらった。
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大濠公園は先ほども触れた“日本の公園の父”本多静六先生による設計。日本人としては珍しいほど大きな発想が特徴。本多先生は日比谷公園も手がけている。大濠公園同様に大きな発想でチマチマしておらず、東京のなかでもゆったりした、緑の豊富な場所という印象に。本多先生は、福岡では大濠公園だけでなく西公園も手がけており、今回の提案では、それら2つの公園をうまいかたちでひとつにつなげる、自分たちなりの大きな発想を。それが「アーバンスリット」。美術館におおきな孔が通る。
いまは南側の国体道路と大濠公園の関係が切れてしまっていて、大濠公園の北側の住民は公園を自分たちのものであるという印象があるのに対し、南側の住民たちはその印象が弱いという。そこで、今回建てる新たな建物の真ん中にスリット/孔を通すことで、大濠公園をみんなの公園にしていきたい。また、日本庭園もまちの庭となるように、一体感を意識する。
大濠公園の日本庭園を手がけた中根金作先生は、本多先生同様にすごい人。代表作となった島根県・足立美術館の日本庭園は、世界のアンケートでもNo.1の日本庭園に挙げられるくらいの名庭園デザイナー。新県美では、日本庭園とまちをつなぐ。美術館を庭の一部のようにできないか。建物に南北=「アーバンスリット」だけでなく、東西=「メディアヴォイド」の軸も備えることで、中根先生の庭ともつなげる構想。地域に開かれた日本庭園に。
国体道路側の新たな顔となる「ケヤキギャラリー」、そして大濠公園側には「草ヶ江ギャラリー」。閉じてしまわずに、周りとつなぐ。ジグザグ、段々の雁行動線がさまざまな箇所に配されている。
日本庭園から建物に向かっては、段状に上がっていく雁行のつくり。一番高いところでも現在の福岡武道館の高さを超えないようにしている。桂離宮も二条城も雁行。やさしく庭とつなぐ。国体道路側もボリュームを分節し、圧迫感を軽減。
現在の日本庭園入り口の受付場所には、新たなアートインフォメーションベース。既存の建物を改修し、美術館だけでなくこのエリア全体の魅力、楽しみ方の情報をみんなに提供できる場所。また、今回の建築にあたっては、なるべく木々は保存、一部は移植も想定。緑いっぱいの美術館にしようという計画。
グリーンイーブス。イーブスとは「庇(ひさし)」のこと。大きく庇を出すと、太陽光をカットしてくれて省エネであることに加え、庭園との繋がりも生まれる。強い雨と日差しを庇で防ぐ、日本古来の庭園の知恵であり、サステナブルデザイン。また、雨の日でも庇の下でいろんなイベントができるように。庇には県産材を使いたい。
近年、アートの定義がどんどん広がっている。デジタル、映像など。そうしたなかで今回の場所は最高。水面を使った展示など、公園と一体的な利用ケースを最初から考えておくと、色んなことができるのではないか。
ここからは提案時の内容で、これから施設や利用者の声も反映しながら決める部分。
現段階では国体道路側に県民ギャラリーとして「ケヤキギャラリー」。ガラス張りで、通りから作品が見られる。スリットから大濠公園へ抜けていくこともできる。「草香江ギャラリー」の方では、いま美術館として重要視されるスタジオ/ワークスペース、そしてキッズスペースも。子供の頃からこういうところでアートに触れられるのは良い。水辺も近い。施設の角には常設展示。それら全てを貫く「メディアヴォイド」。
1階にはそうした開かれた機能を集める。オープンに、コンサートや劇場的な空間として使うのも良さそう。みんなでつくる、顔になるスペースのひとつ。2階以上には高潮などの水害に影響されないよう、大切な守るべき収蔵庫や展示室を集約。
1階の日本庭園側には、ショップ、レストラン。ガラス張り。日本庭園と一体で使える。材料、県産品をもっと勉強して、間仕切りやカーテンにもできないか。キッズスペースも。
2階の展示室と展示室のあいだには、ちょっとしたスリットを用意して、大濠公園が見えるように。常設展示1〜3、企画展示室、ストレージ。あいだにスリット。気分転換にも良い。
展示室の天井高。日本庭園側を低くし、少しずつ高くする。常設展示室は、国宝級の展示も可能な仕様に。今後、色んな美術館から作品を貸し出してもらえるようにするために、照明や空調、セキュリティラインのグレードなど、厳しい国際基準に応える展示室のクオリティを目指す。企画展示室からは日本庭園へのビュー。庭園とずっと繋がっているイメージ。
3階は屋上、グリーンルーフ、屋上庭園に、本も読めるライブラリカフェ。公園や庭園を臨みながら、芝生の上で寝転がるのも良い。
「メディアヴォイド」。大階段はギャラリートークなどをする空間としても使えるように。そしてレストランやショップは、いま世界の美術館でも重視されるポイント。こういうところを特に魅力的にしないといけない。日本庭園に面した一番良いところに配置し、南北の通路沿いで目にも止まる。
県民ギャラリーとなる「ケヤキギャラリー」は地域のアーティスト、学生などにも利用されると良い。そこから「アーバンスリット」を大濠公園側に抜けていくと日本庭園。スリット沿いにレストラン、ショップ。こうした配置ひとつでも売上が大いに変わってくる。フランスのポンピドゥセンターでは、ショップの運営者を変えただけで売り上げが2倍にもなったという。今後みんなで考えて魅力的なショップにしていきたい。
大濠公園へのビューが抜けるライブラリカフェ。施設の角、いちばん気持ち良いところ。屋上空間でのアート活動や、彫刻なんかを置いても良さそう。コレクション拡張にも備えて、収蔵庫も充実させている。
以上、駆け足でプランをご説明差し上げた。わからないところがあったら、ぜひこの後のQ&Aでも質問いただきたい。最後に、この美術館のアニメーションを作ってきたものをお見せする。どうもありがとうございました。
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こうして隈さん本人による、事例も豊富なプレゼンテーションが終了。
ここからワークショップは一旦休憩時間に入りつつ、参加者は入場時に配布された付箋紙に「隈さんに聞いてみたいこと」を記入。隈さん本人に直接回答していただく「第2部:隈さんに聞いてみよう~参加者からのQ&A~」へと入っていくのでした。
第2部の様子は、後編のレポート記事にてご紹介いたします。