インタビュー

県美と新県美 vol.03【後編】

県美と新県美 vol.03【前編】からの続き

数値化できない成果をどう繋ぎ、守っていくか

——先ほど藤本さんが触れてくださったように(前編リンク)、その成果はどのような指標で測ることができるのか? あるいは近年の合理性偏重の社会のなかで、どのようにそれらを「予算をかけてでもやり続けるべきこと」だと示し、守っていらっしゃるのか? 伺ってみたいと思います。

高橋さん 確かに成果として見えづらいものではありますね。しかしアンケートの声や、直接的に聞かせていただける声は、数字とは違いますが、やはりやりがいを実感できます。

新谷さん 確かにそこは大きいですよね。

——茂泉さんはこれまで県美以外の環境で教育や文化的な活動をやってこられたと思いますが、組織の中では成果指標をどのように扱われていましたか?

茂泉さん どのような問いを設定するのか、それに対してどのような手法が適切であるかはケースバイケースですが、例えばアンケートであれば、その内容を丁寧に分析していくことは必要だと思います。仰るようにその成果は単純な数字では測りづらいものですが、アンケートを深めていくと、その言葉や表現、頻度や変化など、1から5までの満足度だけではないものも読み取れるし、表現していく必要があるのだと感じています。見えにくく、また言語化しづらい部分だからこそ、「難しい」にとどめず、表現していく。それはこれからの私たちの課題であり、挑戦していかねばならないことだと思います。

結局、担当外の方たちにもその重要性を理解していただき、今後の継続や新たな事業への展開につないでいかねばなりません。そのためにも、こうした成果の見せ方は必要になってくるものだと思います。

藤本さん その場や直後の気持ちを対象とするアンケートでは拾えないことも大切ですよね。以前、学芸員の先輩が、授業で訪れた子どもたちに、「目の前の絵を今すぐにわからなくても良い。ひょっとしたら5年後、10年後に突然ピンとくるかもしれない。その気持ちも大切にしてほしい」と仰っていました。それ以来、私もその感覚を大切にしています。いま蒔いた種は5年後、10年後、どんな花や植物になるのかもわからない。でも「教育」って実はそういうことのほうが重要ではないかと思うんです。5年後、10年後、20年後、30年後にこの経験がどうなっているのか。その未来に向けての活動なのだと思うんです。だから、先ほど言われていたような数値化や言語化ももちろん重要なことだと思いますし、加えて、長期の研究に取り組むことも大切だと考えています。

そして、同時に「そもそも本来の『学び』や『教育』って、それだけではない」ということも、言い続けていくことが大事かなと思っています。そうやって社会の雰囲気を変えていかなきゃいけない。「いますぐ成果を出せと言われるからとりあえず何かを示せるように努力するけど、本当はこういうものではないはずだ」ということをずっと言い続けて、発信して、共有して、すぐには理解されなくても、まず1人味方につけて、その1人がまた1人味方をつれてきてくれて、という風に、少しずつでも社会の雰囲気を変えていくしかない。

多分すぐには変わらないです。「100年後に変わっていれば良い」くらいの気持ちで、諦めずにやり続けていくしかないのかなと思っています。「教育」や「学び」ってそういう長いスパンの時間に向けて投じていくものであるはずだということを、言い続けていくしかないのかなって。もっとも、それは予算を取るために示す成果とは別ですから、どちらもやらなければいけません。ただ、大切なことをちゃんと表明し続けることは、止めてはいけないと思っています。

高橋さん 以前「生徒支援」という、学校に来られない子たちの担当をする中で、10年、20年前は「学校に来なきゃダメだ」だったのが、段々と「来られないときは無理しなくても良いんだよ」という風に変化していったことを思い出しました。その変化は、一人ひとりが理解して、仲間を繋げて、と長年の変化が積み上がってきたからこそ生まれた状況だと思います。そう思うと、種を植えてから10年後、20年後に花が咲いて実を結ぶということは十分に起こり得る変化ですし、本当に大事なものだと思います。

新県立美術館の「ラーニング」とは?

——ここまでは、これまでの福岡県立美術館のお話でしたが、ここからは今後挑戦する、新県立美術館についてお尋ねします。新県美ならではの「ラーニング」は、具体的にどのようなものになるのでしょうか?

藤本さん 美術館は社会教育施設であり、福岡県立美術館の所管は教育委員会ということから、これまでは学校教育との連携ベースのプログラムなどが多かったのですが、これからはもう少し幅を広げていきたいという気持ちがあります。それもあって今後のことをお伝えする際には意識的に「ラーニング」や「エンゲージメント」という言葉を使うようにしており、そこはひとつのポイントだと思っています。

ただし一方で、やっぱり学校と協働して取り組む「教育」や「学び」も大切なんです。私たち美術館のスタッフにとっても、たくさんの子どもたちと一同に触れ合えるのはやはり学校対応の時ですし、学校でどんなことを学び、どのように美術に触れているのかという前提は、その他の世代の人々にまで「学び」を広げていく際に重要です。だからこそ、これまでの「教育」や「学び」も大切にしながら、新しい「学び」にも広げていきたい。そんな気持ちも含ませて、「ラーニング」と「エンゲージメント」という言葉を使うようにしています。上から下へ教えを授けるニュアンスの強い「教育」的な関係性から、水平的な学び合いの姿勢を持った「ラーニング」そして「エンゲージメント」という言葉から発想していく。それぞれのプログラムでどんなことをするかについてはこれからさらに考えていきたいと思っています。

茂泉さん 今後の新県美の活動において、連携・交流という点では、学校との連携プログラムは重要な活動のひとつですし、遠方の学校や美術館に来られない児童・生徒に対してどのようなものを提供できるのかという視点がアクセスプログラムやアクセシビリティの整備にも関わってきます。そこで令和7年7月に、学校の先生方に向けた「先生のための美術館活用講座 ~新県立美術館の使い方を一緒に考えてみよう~」というワークショップを開催しました。福岡県内の小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の先生方に集まっていただき、先生方が普段感じている美術館への来館や授業運営に関する困りごと、新県立美術館に対する期待など、具体的なニーズや想いをお聞きし、整備やプログラムへの反映を検討しています。

また、県民参画の活動の一環では、新県立美術館ワークショップ「新県立美術館の楽しみかたを一緒に考えてみよう」というワークショップを県内各地で実施しています。令和7年度は、筑豊地域、筑後地域、北九州地域に出向いて、新県立美術館の整備事業をお伝えするとともに、新しい美術館でどのように過ごしてみたいかをグループワークで対話をしながらイメージしていきました。このように、様々な背景や立場の方、そして県内の様々な地域の皆様との接点を通して、今後の活動をより具体化していきたいと思っています。

新谷さん 私は現・県美の人間で、新県美のことは皆さんを中心に進めていただいていますので、あくまで個人的な観点から。未来の来館者を育てること、そしていま児童・生徒たちが活躍できる、例えば彼らの公募展にあたる県大会や卒業制作展などの発表の場所になることも大切です。また、学生たちと新しいプロジェクトに取り組める場でもあった方が良いし、館までの距離など様々な事情から来館しづらい状況にある子どもたちも気軽に関わることができる美術館であってほしいと思います。

また、展覧会を運営する度に必要性を感じているのは、障がいのある方に楽しんでもらうためのサポートです。最近では技術もどんどん革新していますし、そうしたものも取り入れながら、さまざまな美術館の楽しみかたを提案できたらと思っています。

高橋さん 私もまずは今できることから一つずつ実践していきたいですが、今後さらに期待するところで言えば、以前のデザインワークショップで隈研吾さんが仰っていたように、この新しい美術館には「街と美術館を繋ぐ」——この「繋ぐ」という言葉がキーワードになるのだと思っています。美術館が身近なハブとなって、県内のいろんな学校同士の繋がりを育んだり、多様な人同士が出会い・繋がれる場所にしていきたい。それが今後の新県立美術館で実現したいことかなと思います。

——これまでの福岡県立美術館らしさには、組織の小ささから生まれるDIY性や取り組みやすさ、親密さがあることが分かりましたが、一方で今後、新県立美術館となって組織が大きくなると、システマティックに運営していかねばならない場面も増えてくるのではないかと思います。今後はどのようにして、これまでの県美ならではの良さを担保していけるでしょうか?

藤本さん そこに向けていま準備を進めているもののひとつが、アートコミュニケータ事業です。これは「美術館でこんな活動をしてみたい」という人々を募り、美術館を自分たちの場として主体的に活動してもらい、美術館と一緒にいろいろなことに取り組んでもらうものです。このアートコミュニケータ事業は特に東京都美術館さんが先駆的に挑戦し、素晴らしい成果も挙げられています。アートコミュニケータ事業発の小さな企画をどんどん回して、その中で学び、新しい経験を重ねていく。そういった仕組みを取り入れることで、県美時代からの強みであるDIY感や親密さも失わずに育んでいけるのではないかと思っています。

——それは、一般の方たちが参加できる仕組みなのですか?

藤本さん アートコミュニケータ事業は全国でいくつかやられていて、それぞれシステムが違いますし、新県立美術館ではどのようなシステムで実践できるかもこれからの検討にはなります。現時点では、アートコミュニケータの志望者向けに育成講座などを行い、美術館とはどういうものか、美術館におけるワークショップとはどういうものか、その具体的な企画の進め方などまで一定程度学んでいただいた方と協働し、いろんな実践を試していく取組になるのではないかと思います。そしてそこに、ある種の身軽さや手作り感、親しみやすさが宿っていくのではないかなと期待するところです。

茂泉さん 私も美術館と来館者をつなぐ架け橋となるような人材や活躍の場は重要であると感じています。来館や体験を促すだけではなくて、時には一歩引いた形で見守ったり、相手に合わせて柔軟な提案をしたりしながら、多様な方法で来館者に親しみを感じてもらえる美術館を一緒に作り上げていけたらと思います。また、ここでの活動を終えた後にも、その方たちの知見は社会にさまざまな形で還元されていくものになるのではないかと思います。そうやって美術館という場所がひとつのハブとして機能する、新たな「現場」になっていく。そんなビジョンを思い描き始めています。

コレクションと生(せい)、どちらも大切に

——これからの美術館が楽しみですね。最後に皆さんから一言ずつ頂ければと思います。

高橋さん 改めていま自分は、美術館という特別な場所で貴重な経験をさせていただいているのだと日々感じていますし、ここからもいろんなチャレンジを重ねていきたいと思っています。美術館がより多くの人々に広まり、浸透し、大事にされていってほしい。新県立美術館の立ち上げというこの大きな転換期に、少しでも自分たちのチャレンジが次に生かされ、未来に引き継がれていくものになればすごく幸せです。

新谷さん こうやって皆で話してみると、改めて今すごくワクワクすることに挑戦している最中なのだと再確認しました。「新しい美術館ができる」なんていうワクワクは、私たちも県民の皆さんも滅多に味わえないものですし、この高揚感や期待感を精一杯伝え、盛り上げ、新しい美術館に繋いでいけたらという気持ちが一層高まりました。ありがとうございました。

茂泉さん 以前勤務していた博物館で、視覚に障がいのある方が、「これまで博物館は自分にとって楽しめる場所ではないと思っていた」と話されたことや、聴覚に障がいのある方が、手話通訳のボランティアさんと一緒に巡る館内ツアーに参加されて「手話で感想を言い合える喜びを感じた」と伝えてくださったことなどが、思い起こされます。何らかの事情で来館にハードルがあるお客様が、安心してアクセスできるような設備やプログラムをご用意したいですし、心地よく参加していただける空間や時間を実現していきたい。そのためにも、引き続き多くの方々のお力や知恵をお借りして、試行錯誤しながら、かたちにしていけたらなという思いです。

藤本さん 今回のテーマは「学び」や「教育」でしたが、改めて強調したいのは、私たちが作るのはラーニングセンターでもなければアートセンターでもない「ミュージアム」であることです。ミュージアムで一番核となるのは、館に収蔵されたコレクションです。私たちはこれらの作品をどのように受け継ぎ、未来へと伝えていくのか、そして社会とどのように共有していくのかということが、まず第一にあります。そこがないがしろにされてしまったら、どんなに新しい美術館を立ち上げたとしても意味がありませんし、その足場がフラついてしまえば、ラーニングプログラムもたちまち「それなら学校でも良いよね」とか「絵画教室でも良いじゃん」ということになってしまいます。我々は何を受け継いで、何を社会と共有し、伝えていくのか。自分たちの足場が何にあるのかということはいつでも忘れずに考え、実践を続けていきたいです。

同時に、いろんな背景を持つ方々が、ここで得る体験や、その背後にある個々の「生(せい)」もきちんと受け止め、大切に繋いでいきながら、新しい美術館を作っていけたらと思います。そして、一人ひとりの来館者が安心できる、安全な場所を作っていきたい。ここだったらくつろげる。開放できる。挑戦できる。美術館がそういう場所であれたら、と思っています。

最後に、私は「ミュージアムは民主主義の学校である」という言葉が大好きなんです。私たちは今後の社会をより良くしていくために、ミュージアムでどんなことを学べるのか? その実践の場所として、ミュージアムを作っていきたい。今日改めて皆さんと一緒に対話を重ねながら、そんな思いを一層強く抱いていました。



左から藤本さん、茂泉さん、新谷さん、高橋さん(現福岡県立美術館にて)

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